曙橋「敦煌」  

35年通い、食べ続けてきた料理。

食べ歩き ,

35年通い、35年食べ続けてきたお二人の料理が、もう食べることは叶わないかと思うと、涙がにじむ。
市村さんの料理は、他にありそうでない。
街場の町中華からスタートして、次第に様々な料理を出すようになっていた。
しかしその過程には、台湾人料理研究家であり、名著「安閑園の食卓 私の台南物語 」の著者である辛 永清さんの料理教室に長年通われていた結実であり、研究熱心な彼が、香港や台湾を何度も食べ歩いたり、中国料理に限らず様々な名割烹やフレンチ、タイ料理まで訪ねて生まれた、唯一無二の料理なのである。
市村さんの料理で、毎回心打たれることがいくつかある。
1、 味わいが綺麗。味付けに余計がなく澄んでいる。
2、 つまり塩梅が、「ピタリと決まっている。
3、 最後の麺料理と水餃子、デザート以外、もう何十回と通っているが、一度として同じ料理が出ない。
4、 もう40年以上店をやられているのに、新店のように店は輝いて、一ミリの臭いもなく、清潔感に満ちている。
5、 簡単な料理でも、その料理が持つ意味が必ず芯にある。
6、 価格は安いのに、食材は一流。
7、 もう台湾にも中国にも残っていないと思われる、失われた上流階級家庭料理の品がある。
8、 ご飯が恋しくなる料理もあるが、味が濃すぎない。つまり食材の風味と味付けのバランスで、舌先ではない我々の本能に訴えてくるからこそ、淡い味でもご飯が欲しくなるのだろう。
9、 古き良き、精神が豊かだった時代の料理の匂いがある。
10、 僕も散々ん国内外の中国料理を食べてきたが、ここにきて初めていただく、驚きの料理がある。
だからこそ僕は、この店を愛してきた。
それまでは少人数だったら気が向いた時に電話して出かけていた。
しかし2015年に、Dancyuの中国料理特集の巻頭に推薦し、改めて取材し、執筆した。
その時からである。
しばらくして気付いたら、予約が3年先まで埋まり、行けなくなった。
自分で自分の首を締めたのである。
もう閉店と決めた日まで満席ゆえに、だれもこの店に行くことは叶わない。
先日いただいのは、酢とスープで淡く淡く仕立てた、イカときゅうりの和え物。
蝦パンならぬ、イワシパン。
青唐辛子と山椒と醤油と酒で蒸して、冷ましたつぶ貝の料理
干しエビのうま味に痺れ、ニンニクなどの使い方が優しい、加熱したカボチャの避風塘風、
蝦醤の風味が静かに効いた、スナップエンド、苦瓜、ズッキーニ、ブロッコリー、サヤエンドウ、青梗菜のスープ煮
地平線の彼方まで穏やかなスペアリブの煮込みに水餃子、担々麺、デザート各種である。
お勘定をお願いしたら女将さんが「すいません450円だけ料理を値上げしました」と、謝る。
450円ですよ。
そして紹興酒を4本ほど頼んでお勘定は、一人7200円。
今僕は「一生食べることの叶わない小さ料理店の古き良き料理」という料理本を出したいと、密かに考えている。
どなたか乗りませんか。
またこの料理をいくつか引き継いでくれる、料理人はいないかと考えあぐねている。
そのためには、無理をお願いして、どなたか料理人連れて行きたいなと思っている。どなたかいらっしゃいませんか?
すべての料理と写真は、後ほどタベアルキストクラブにて。